楊式太極拳と柳生新陰流の「勢法」

7023 武当派の楊式太極拳は勢いを重んじます。十三勢という基本勢があるため、十三勢とも呼ばれます。その勢が形に表れるのを「型」といい、型の連続が套路です。

 武当派では型のできあがりの経過を「勢法(せいほう)」と呼び、形という心身に現れる精(せい=心身)の結果は、勢いの表れであることを重視します。
 従って太極拳は、心意によって起こる気勢によって運ばれ、結果として形がある事で、気勢を陰、又は暗、形を陽、又は明として、双方一体として太極として考えるのです。
 一部の空手の流派や、形意拳の一部の流派などでは、形として現れる結果を重んじるため、見た目においては豪快で破壊力も鮮やかに見えます。明勁として表面に現れる力を重視します。下手をすると、その表面的な力に依存する傾向も生まれます。
 又、逆に、気勢のみを重んじるばかりに、その元にある「気」という目に見えない力に依存をする場合もあります。八卦掌の一部の流派などや、オカルト的な拳法、気功などスピリチュアルな傾向に走る懸念のある拳法もあります。
 日本における柳生新陰流も、剣術の型の事を「勢法」といいます。転(まろばし)という勢いは、太極拳の円転の勢と全く同じです。
 柳生新陰流は、日本にある他の剣術とは違い、まろやかであり、流れるような勢いを重視しているため、表面に現れる力強さでは、現代剣道や他の剣術には見劣りがします。
 いつごろからか、柳生新陰流の一部では「勢法」を「かた」と読み、それに「形」という字を当て、形に表れる結果を重視している流れもあるようです。
 どこの世界でも、陰陽合一の妙技を会得できない者達は、その片方の極を選び、それに依存して極めていくことで、安易な道を歩む場合が多いようです。
 太極拳には、暗明がそろって、剛柔が有り、虚実陰陽がそろっているのであるから太極拳なのです。太極拳には、快拳という暗明一体の練習法があります。そこには形意拳や八卦掌の形や気勢の全てが含まれており、お互いに暗明が融合しているので、形意拳のように表面的に明勁が形を描いたり、合気道や八卦掌のように、合気と暗勁だけで、勢いを描くこともありません。
 古式の楊式太極拳では、暗勁と明勁を一体として動く巧勁が、現在にも伝わっています。

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