太極拳の源流には坐道があります。今から30年ほど前に、徹底的に坐道と瞑想太極拳(武当山では「存思」)を王氏から教わりました。その時に現れる多くの効果の内の一つに、夜に坐道もしくは瞑想太極拳の套路を行うと、よく朝の起き際に必ず「明晰夢」を見ることができるようになります。これは、道士たちが十方叢林で夜の修行の後、夢幻の中で技を練り上げ、悪鬼と戦ったり、民衆を助けたり、悟りを得たりが、自由自在に思い通りに運ぶことができるという、夢幻の修行として有名です。
理想を夢で描き、自由にそれを具現化できるこの修行は、現実の中での為せばなるという、ポジティブシンキングに役立てていました。反面、夢で満足をしてしまうという副作用が現れるという人もいますが、翌朝の太極拳の套路で、現実的に体と心動かして行くことで、夢幻が現実的になるということを体感していきます。この修行は、神気精の一致を練り上げるもので、夢は神(しん)の発露であり、その発露は気というエネルギーの営みによって、精という現実的な心身に発揮されていく体現を求めます。
正に夜の存思太極拳又は坐道、そして熟睡、目覚めの明晰夢から朝の套路、昼間の快拳散手など一体となった修行です。
夜の存思か坐道で行気を十分に行うか、または「房中術=部屋の中で男女が一体となる陰陽和合の術」などを行うと、そのまま深い眠りと浅い眠りのサイクルが始まり熟睡します。そして朝目覚める前のひとときに必ずと言って良いほど明晰夢を見ることができ、はっきりと夢であることが自覚でき、思い通りに物語を進めることができます。従って、目覚まし時計はセットしません。誰も起こさないようにしないと、せっかくの明晰夢も台無しです。その朝の套路は夢心地のまま、そしてその後の一日はまるで「胡蝶の夢」のような素晴らしい一日を体験できます。この経験をすると、全てのことに満ち足りており、全てが自由で、思い通りになっていることが理解できます。
明晰夢のメカニズムが明らかになりましたが、太極拳のメッカである武当山の宗派である道教の始祖の一人、荘子による説話で、「夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか」と、明晰夢について話しています。これは、十方叢林で道士たちが存思を行った後、翌朝の感覚を説明したものであり、この説話は「無為自然」「一切斉同」の荘子の考え方がよく現れているものとして有名です。太極拳の「無為自然」は、「有為」すなわち、目的や意識に縛られない自由な境地のことであり、その境地に達すれば自然と融和して自由な生き方ができると荘子は説いています。
このように、人間の生理メカニズムはまだまだ奥が深いですが、すでに、不老不死を求めて修行する者達にとっては、この経験的実証が坐道や存思太極拳などの多くの修行法を確立していったのです。
中国にはキョンシーという妖怪伝説がありますが、もともとは武当山の道士のもとに治療に訪れる、精神や心の病を持つ人たちが、頭に御神符を貼られ道士がそれらの人を引き連れて歩く姿を、民衆が恐れたところから始まっています。それらの人は、まるで生きているようにふくよかで元気だが唇が赤く顔が白く目が血走っていて、その上生きているのでまるでゾンビのようであり、十方叢林に集まるそのような人々を、このような修行や、黄帝内径などの専門知識とタオの思想を結合させ治療してきました。
坐道について詳しくは、こちらの書籍をお読みください。
明晰夢をもたらすγ帯神経活動ブックマーク
Nature Neuroscience
2014年5月12日
Gamma-band neural activity induces lucid dreaming
脳の前頭野と側頭野に特定周波数で温和な電流を送ると、明晰夢という、夢を見ながらそれと気付いている状態を誘導できるかもしれないとの研究が、今週のオンライン版に報告されている。
睡眠のうち急速眼球運動(レム)相で見る夢では、寝ている人の意識状態は通常、過去の記憶や将来待ち望む事態に触れることはない。これと対照的に明晰夢は、寝ている人が自発的に夢の筋書きを制御できるようにする自己認識や自由意思といった付加的な認知機能を伴う。これまでの研究は明晰夢を脳の前頭野と側頭野におけるγ帯活動の増加に関連付けていたが、この関連についての正確なところは明らかになっていな い。
引用元: 明晰夢をもたらすγ帯神経活動 | Nature Neuroscience | Nature Publishing Group.